卒寿を超えて・・・



カテゴリ:[ 健康/医療/介護 ]


59件の内、新着の記事から10件ずつ表示します。


[59] 信心銘 直訳 21

投稿者: 投稿日:2017年10月30日(月)11時42分14秒 dhcp249-186.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

何時でも何処でも、常に仏祖方と過ごしている時間空間には、過去・現在・未来・我他・此彼・今日も明日という日も有りません。

只、目前に拡がる悠久の大自然が有るだけです。
其処には ”小底”は小” ”大底は大” “長底は長“ ”短底は短”と、
見たままの姿が有るだけで、その様子はとても表現は出来ませぬ。

ダカらこの道に疑念を抱いたり議論したり、自分勝手に扱おうとしたり、
或いは修行のためと称して、家庭を投げ出してやらねばならないということも無いのです。
只、即今の足元のこと着実に、遣って居ればよいのです。

畢竟万法は、私たちの今の一心の所現です。

此の道理が確かなものとして受け取れるならば、
行住坐臥の一切を ”如是・・如是” と肯定することが出来るでしょう。

   終わり




[58] 信心銘 直訳 20

投稿者: 投稿日:2017年10月29日(日)19時40分23秒 dhcp249-186.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

仏道は私たち独りひとりの鼻先から出没しています。

祖師方もこの道からこの道に出入りしてこられたのです。

私たちもすでに此の道に立っていることが分かれば、
私たちの日常生活には何時も祖師方が連れ添って下さることになります。

そうしてそのギリギリ決着の処には、時間空間を超えた只一念だけの境涯が有るだけです。



[57] 信心銘 直訳 19

投稿者: 投稿日:2017年10月29日(日)11時38分28秒 dhcp249-186.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

如是法界を生み出しているのは誰でもない、私たち人々の本体が自ら生み出しているのです。
其処には自他を区別するものは有りませぬ。いわば同時です・・・

若し貴方がこの消息をこの場で体得しようと思うならば、”今” ”此処で”〝斯く”
”在る” 事実に疑問を起こしてはなりませぬ。

只、黙然とした心の中に響くものを看て居ましょう。【自他不二・動静一如】

これが分かれば【至道(仏道)】は既に足下に在ることがお分かりのことと思います。

其処には我々を離れて至道はなく、むしろ一切万法は私たちの鼻先から出没していることがお分かり頂いたでしょうか・・・・。



[56] 信心銘 直訳 18

投稿者: 投稿日:2017年10月28日(土)15時27分38秒 dhcp190-24.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

現実の世界の動静に”一とか 二とか”の理屈を挟むことが出来るでしょうか?

大自然という如是道には、私たちの考えが及ぶものではなく、
幾ら頭の中で考えを回らしても当てはまることはないでしょう。

斯くある実相の世界は、静寂の中に動く声を認め、動くものの中に静寂を自知している、それぞれ私たち自体が、如是の世界を生みだしているのです。

其処には自分を自分とすべき物も無く、他を他とすべき物も有りませぬ。
ただ在るが儘の現実に随うばかりです。



[55] 信心銘 直訳 17

投稿者: 投稿日:2017年10月28日(土)11時44分40秒 dhcp190-24.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

人境一如の 境涯から辺りを見渡せば、人の心の計らいには関係なく、
それぞれが独立独歩・・その実相を現しています。

何故そうなるのか?・・とい問われても、私もその理由は分かりませぬ。
ただ自分の心の及ばない如是の世界が拡がっているだけだから・・・・

仮に私たちが如是世界のことを、思考するのを止めたとしても、
その静かな心の中にチョロ・・チョロ・・と、
蠢くものが有るのに気が付かれるでっしょう。

その心の動きは泡ぶくの様ないものですから、それに捉われてはいけませぬ。

畢境、見るものと、見られて居るものが、一如であるから、
自分の心が動かなければ、動く相も有りませぬ。【静中の動・・動中の静)

この様子を冷暖自知するとき、動とすべきもなく、静とすべきも有りませぬ。




[54] 信心銘 直訳 16

投稿者: 投稿日:2017年10月27日(金)10時02分27秒 dhcp190-24.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

前にも申しましたように例えば、私の様に大病を患い、介護3の認定を受けたものが、即今只今、斯く、此処に,在る儘、の如是の様子は・・・・・

”山は是山” ”水是水”で寂然不動!・・・縁の逢うては唯々諾々とその縁に随うと雖も、今の縁にあることを知らないで、拙哉!拙哉!と三界を輪廻するばかり・・・・

このように心境一如の境地から見れば、二見対立するやうなものはなく、
隨縁即応してぃるそれ自体が、己の計らいには関係なく、それ自体の真相を現しています。



[53] 信心銘直訳 15

投稿者: 投稿日:2017年10月26日(木)11時59分26秒 dhcp190-24.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

先に我があるから他が在る・・・と言いましたが、
この様子は、例えば「眠らなければ夢を見ることが無いのと同じで、

今すぐ本当の自分に気が付いたならば、今まで見続けて来た一切の夢も、
一心の中に自ずから消え去るでしょう。

そうなると心と物とは一心同体・・・私たちの目の前に現れている、
一つ一つは、真っ裸で有るがままの姿、真空妙有の如是法界・・・・・。

この世界を「心境一如」とも言いますが、この当体は玄妙にして私たちの思考を遥かに絶し、唯、如是・・・如是・・・と云うほかは有りませぬ。



[52] 信心銘直訳 14

投稿者: 投稿日:2017年10月25日(水)15時52分33秒 dhcp254-241.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

私たちに迷いが起きると言うことは
本来 静寂そのものである「一なる心」が、
二三四五・・・と騒ぐからです。
万法一に帰す!・・一何れにか帰す?・・が、本来の「一心に帰一する!」と、
決定するならば「柳は緑」「花は紅」「雨はザーザー!」「風はビュウビュウ!」・・・

全く迷いは有りませぬ。

それでもまだ迷い心が起きるのは、自己中心的な気ままな思考が勝手に解釈居ているのです。

一切万法は因縁に依って生まれ、因縁に依って滅するもので、
是と言った固定したものはなく、虹の様に跡形もないもの・・・
個の夢幻空華底の世相万法を捉えようとすることは、
水面に浮かんだ月を掴もうとするようなものです。

此処の処は、「我が在るが故に彼が在り」で、大自然の天地万物と同根一体なる真実の自己に目覚め、是非・善悪・得・失となる物は、無かったのだと確信しなければなりませぬ。



[51] 信心銘直訳 13

投稿者: 投稿日:2017年10月25日(水)11時04分19秒 dhcp254-241.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

一切の存在は私たちの外にあるのではない・・・「万法一に帰す」!!!!!!

更に言いますが唯一絶対の法は私たち夫々の一念から出没しています。

妄りにあれを好みこれを嫌うなどの思いを起こしてはなりませぬ。
人々具有の仏心が生み出すのが万法の動き、もし内なる至道を外に求めるのは、
自分の一念を他に求めて居る様なもの・・・

己に迷って物を逐うて居るのは大誤りであることを肝に銘じて、本心本性に帰一しなければなりませぬ。

そこでお尋ねしますが、「万法一に帰す」・・「一何れにか帰す」とは如何???

スズメは「チュンチュン」「烏はカァ~カァ~」サッパリしたいい気持・・・・



[50] 信心銘直訳 12

投稿者: 投稿日:2017年10月24日(火)12時01分30秒 dhcp254-241.tamatele.ne.jp  通報   返信・引用

この至道を進みたいのならば、六根の向こうに立つ六境の塵忌嫌ってはなりませぬ。

この六塵を除いて一乗の道は有りませぬ。
むしろこの六塵を、積極的に受け入れて、しかもその塵に穢されなければ、
釈尊が道と寸分違うことのない道が皆さんの足元にあるのです。

この理がハッキリ貴方の物になれば、貴方が遣ること為すことすべてが、
本来仏の現状として妙用を現します。

ところが、徒に物を追い続け自分勝手に振舞う愚かな人は、
自ら首枷足枷しているようなものです。


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