秀歌逍遥・かんぜおん



カテゴリ:[ 短歌/川柳/俳句 ] キーワード: 短歌 俳句


381件の内、新着の記事から50件ずつ表示します。


[386] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月27日(土)07時15分13秒   通報   返信・引用

     あの胸が岬のように遠かった。畜生!いつまでおれの少年   永田和宏


彼の初期の歌である。精一杯の表現がかわいい。意味はわからんでもないのだが表現が幼いようである。嫁の妻裕子と彼の才能の違いは前の歌と比較してよくわかる。彼は現在、裕子ほどの歌境に至ったであろうか。どうもいつまで経っても嫁の後からついてゆくようだ。




[385] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月27日(土)06時59分31秒   通報   返信・引用

     たとえば君 ガサッと落葉すくふやうに私をさらつて行つてはくれぬか   河野裕子


自分の魂を悟りのように表白する、女性はこんな荒々しい男性を好むのであろうか。いや そうでもなかろう、社会的地位、男の将来性などをみているようである。一緒になりたい魂の叫びがある。



[384] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月27日(土)06時32分25秒   通報   返信・引用   編集済

     初めてのキスより初めてこの人のパンツ干した日しあわせだった   里美万理子


わたしはこの歌を見て思いついた、歌の下手なころは真実をことさら歌うべきだと。そうすれば、悟るものがあろう。初めてのキスは異性への喜びであろうか、この場合、結婚して彼のパンツを干したのであろう。人生の喜びである。喜びの深さが違うようである。



[383] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月25日(木)17時47分7秒   通報   返信・引用

     火おこして火と向きあひてひとを待つ寒の夕暮れさびしくはあらず   真中朋久


たしかに火は温かくなにかの幸福感がある。この歌は人を待っている、夕べの食事をともにするのであろうか。話しながら生きゆく喜びをともにするのである。



[382] かんぜおん

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月25日(木)00時52分47秒   通報   返信・引用

 句会(2)
       即吟

            赤     赤光の母の睫の春愁かな

            柴     柴沈め鰻入れたり逃したり

            布     地図になき村の分布や春嵐

            寝     脳病めばどったり寝るか燕来る

            紋     断頭の妃の寝台の罌粟の紋



[381] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月23日(火)17時48分24秒   通報   返信・引用

     石垣のとぎれし間にくれなゐのふいにさびしき昼の梅みゆ   青輝 翼


とぎれしかん、と読ませる。この梅はさびしいそうであり愛らしさがある。そんなことしか指摘できぬが些末なものへの創作の眼がある。歌としてはどうかな。



[380] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月23日(火)17時38分52秒   通報   返信・引用

     苦しみを見抜いた人はもういない濡れたる傘をたたみぬ   岩下静香


この人は夫であろうか。後句の濡れた傘たたむ、は悲しみか苦しみかいずれも含むようだ。傘をたたんで新しい歩みせねばならぬ、と解釈するのだが言い足りておらずあとは読むものに考えよということか。



[379] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月23日(火)07時30分39秒   通報   返信・引用

     山国の荒ぶる風が運びしか林のなかに潮騒をきく   藤岡眞佐子


わが結社の先輩から作者の思愁期という歌集が送られ頂いた。有り難いことで拝見いたし鑑賞させていただく。林のなかの潮騒は山国の荒ぶる風が運んで来たのか、という。高い詩の世界がわれわれの目をめざますのである。歌人は詩人であることを今一度胸に温めるのである。



[378] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)15時35分9秒   通報   返信・引用   編集済

     眠らむとしてくわうくわうと照りきたるくれなゐに滲む思ひ出のあり   成瀬 有


これ、ほんとうにあったことか。虚実のように思うのだが。このような幻見るようなことはなかろうと思う。わたしは、その日の歌会で癪にさわった的外れの批評で一夜腹が立って立って夜が明けたことがあった。この歌はどうも嘘くさい。



[377] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)15時12分42秒   通報   返信・引用   編集済

     紫の神社に立てば「くどうよしお首折って死ね」の絵馬でびっしり   工藤吉生


  削除



[376] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)14時40分3秒   通報   返信・引用

     ほぎうたをかつて見ざりしうたびとの大いなるひとりくずはらたへこ   水原紫苑


祝歌、葛原妙子 であろう。葛原妙子は人生暗く祝歌など歌う意味をもたなかったのであろう。けれども、歌人として大いなる歌をのこし煌めいているのである。



[375] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)14時28分43秒   通報   返信・引用

     種無しの「まろやか梅」を舐りゐつほんのり甘く酸っぱき旨さ   清水房雄


アララギの青南の師というべき人物の写生歌である。わたしは2首ほどもうすこしだった会員の歌の添削をこころみたのだが1首のみ掲載され後は放却された。そんなことなら、会員のみの学習場であることをことわるべきである。アララギの閉鎖性を悲しみどうにかならんものかと思う。



[374] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)14時13分32秒   通報   返信・引用

     小さく細身の母の呪文なり<考えるのは明日にしましょ>   中川佐和子


母は細身の小さいひと、その呪文のような 考えることは明日にしましょ である。きっと解決できぬことは明日になったらどうにかなるでしょ、であろう。人生経験あり神をも頼らんものがある。



[373] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)14時03分23秒   通報   返信・引用   編集済

     強制連行と拉致とのちがひは何ならむ太き捕縄のきしむ音する   杜澤光一郎


強制連行は捉えられるようで、拉致は奪還のようである。よく似たもので捕縄のきしむ音は同じであろう。北朝鮮の邦人の拉致がうかび、強制連行は中国の思想的連行がうかぶ。



[372] かんぜおん

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月22日(月)12時22分21秒   通報   返信・引用   編集済

  舞鶴歌会

        「退屈な天国は嫌よ、鬼とゐて地獄で遊ぶわ」阿婆ずれが言ふ   



[371] かんぜおん

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月20日(土)00時12分33秒   通報   返信・引用

 岩滝歌会

       拙僧を「あーた」と呼びし蜜月にかへらむものやわが生みじかく

       上弦の月に腰かく処女なり唇朱くしてなに想ふらむ

       あどけなき表情をして小竹食べるパンダと思ふ粽もつ稚児



[370] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月19日(金)07時32分32秒   通報   返信・引用   編集済

         たらちねの碧き玉なるまなこざし   良秀


まなこざし、は眼差しのこと。碧は生きてゆく瑞々とした生命感であろうか、新鮮であり燃えるような清らかな愛ある母の眼差しなのである。碧は緑深い青の色。



[369] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月19日(金)07時21分11秒   通報   返信・引用   編集済

         葱坊主馘首されたり院の庭   良秀


かくしゅ、と読む。首を切りとられることをいう。院は寺院でもいい。坊主のような葱が頭をカクシュされる寺院の庭、本物の坊主がいない当世、カクシュされてもいたしかたない。



[368] かんぜおん

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月17日(水)23時54分50秒   通報   返信・引用   編集済

  句会(1)

           喘ぎ来て姥捨の滝わかば風

           緒人の胸に梅の香即菩薩

           霾や北朝鮮の空威張り

           阿寒湖の毬藻の水や風光る

           湖の宮われ太郎なり姫と花見



[367] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月17日(水)07時15分38秒   通報   返信・引用

     転がりいたるボールをグランドに投げかえしおく土手の夕暮れ   永田 紅


なかなか母の裕子さんに似て歌才が光る、母の血を承けたのであろう。なんでもないことなのだが歌の目と表現がある。夕暮のこのやさしさはひとのこころにほんわかと入ってくる。



[366] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月17日(水)07時03分42秒   通報   返信・引用

     靴底にかなしみを今日も隠す人猫じゃらしのようにあいにゆきたい   子守有里


靴底にかなしみ隠す、とは人生の歩みのもろもろのかなしみであろう。猫じゃらしの、のようになってこの人に合にゆきたいという、すなわち、道化のようになってであろう。



[365] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月17日(水)06時50分47秒   通報   返信・引用

     人の世のわれを選びてかたわらのざくろはあかき口をあけたり   岡部桂一郎


作者の歌はすばらしい。やさしくいって、深くわかりやすく、詩の提言があって、思索させる。有能な歌人といえる。歌の魅力も並々でない。あかい口をあけて柘榴はわれに何を語るのか。



[364] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月17日(水)06時29分53秒   通報   返信・引用   編集済

     千人のがらがらどんのがらがらとこんがらがって放課後はあり   大松達知


彼は教師、まさに千人の生徒のがらがらどんの混みようである。いわゆる、まっちゃん流の表現である。格調高く、重厚な歌は彼に提言してもだめなようである。



[363] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月16日(火)07時07分27秒   通報   返信・引用

     つねに歌は暗い火皿に揺れる火の尖だつた燈したのはあなた   林 和清


ほざら、さき、と読む。そうであろうか、歌というものは。つねに、暗いとはいえない。歌つくらんがための彼の表現ととれるのだが。つまりは歌の正鵠をついていない。



[362] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月16日(火)06時56分57秒   通報   返信・引用   編集済

     深沈と目ざめてをらむふくろふの樹の洞などおもひみるべし   三井ゆき


最初の出だしは、しんちん、しんしん、いずれに読むのであろうか、前者か。梟は樹の洞で目覚める、いかように、という思いである。沈みて深し、というのだから目が覚め瞑想のごときものなのだろう。



[361] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月16日(火)06時46分3秒   通報   返信・引用

     最後尾の電車の窓にわれは見る振りきりてゆく鉄路のひかり   橋本喜典


この鉄路のひかり、なんだが冷たくひかる光であろうか。もしくは、なにか余韻を呼ぶような光であろうか。わたしは後者をとりたい。過去という世にひかる過ぎゆきの忘れられない光韻で懺悔のような思いではなかろうか。



[360] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月15日(月)00時06分23秒   通報   返信・引用   編集済

     たらちねはかぼちやあるときかぼちやのみ芋あるときは芋食べたまふ   小川良秀


今日は母の日、わたしは母の絵と文才の才能の血を承けたようだ。母は鉛筆で絵を描いたりいろいろと文を書いたりしていた。40でわたしを産んだのだが、その前に自分は仏を産む夢を見たといった。わたしは僧侶のひとり、僧侶は仏の子である。正夢であったのだろう。つましい寒村で産まれ、この村には芹をつむ謂れがある。齢をとれば芹をとりに行こうといわれる、その場で捨てられ芹にある水を飲みながら死んでゆくのである。この歌は貧しい百姓の生活をいっている、母は南瓜のできる頃は朝、昼、晩と南瓜のおかずだけなのである。じゃが芋のできる頃はじゃが芋だけのおかずである。わたしはこれを見てびっくりしたのだが、今の人はこんな生活あることを知らないと思う。



[359] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月13日(土)13時35分29秒   通報   返信・引用

     だしぬけに箪笥のうへに舞ひ上がるこのいきものはさつきまで猫   小池 光


猫の習性、行動がよくわかる。さっきまでは猫であったならば今はいかなるものなのか、あやしい獣なのか、神がかった動物なのか、われわれに想像をさせてくれる。



[358] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月13日(土)13時26分25秒   通報   返信・引用

     完熟の白桃ひとつ食うべ終へ王者のごとくひとときをゐる   川合千鶴子


完熟の桃とは豊かであり豪華でもある。それを食べ終え王のようにひと時いるのである。余は満足じゃ、の声が聞こえるようである。豊かで満ち足りた人間の姿である。



[357] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月13日(土)13時16分46秒   通報   返信・引用

     纏足は変はった石のやうに見ゆをんなは揺れなければ歩めず   米川千嘉子


変った石、纏足というのだがそのように見えるのだろう。纏足は封建時の悲しい女の歴史である。揺れなければ歩めないというのが哀れである。



[356] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月13日(土)13時07分56秒   通報   返信・引用

     割れながら命を闇へ押し出せり蝉の抜け殻は蝉の母親   俵 万智


蛹の殻を割りながら夜明けの闇から蝉が生まれる。その抜け殻は蝉の母親だというのだ、作者らしい詩のつくりかたである。こんなのが若者の感覚に合っているらしい。



[355] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月13日(土)12時59分46秒   通報   返信・引用

     踊るといふ身体のよろこび知らずして世を去らむこと時どき思ふ   花山多佳子


踊る、ということはいいことですばらしい。運動不足解消と生命感あふれる喜びがある。異国ではさかんに踊っている。なんでもないことなんだが、この思いは価値がある。



[354] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月11日(木)06時42分0秒   通報   返信・引用

     階段のことを梯子と言ひをりし母よ健やかに九十と半ば   柏崎驍二


階段のことを梯子、というのはそれほどに上り下りが苦労することか。それが健康で九十五歳というのだ。大変にお元気であられる、喜ばしいことこのうえないこと。



[353] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月11日(木)06時32分21秒   通報   返信・引用

     九十には九十の歌のあるべきを思ひてをりて九十となりぬ   清水房雄


九十、が三度でてくる歌で強いうったえがある。たしかに、九十には九十のできえない歌があろう。わたしもそれだけ生きたならば歌もかわるであろう。平凡の歌のように見えるが内容が深い。



[352] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月11日(木)06時22分0秒   通報   返信・引用

     ぬばたまの夜の病室の窓にわれ映りてうるむこの世の雨に   成瀬 有


この世の雨に、が深い。病室の窓、われ映りてうるむ、というのだ。孤独、寂々、悲しみ、などの感情がつたわる。



[351] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月11日(木)06時11分16秒   通報   返信・引用

     全身が命のぬくみ乳飲み子のさしいだす手にわれは触れたり   小高 賢


よくわかり納得できる歌である。表現がすばらしい、命のぬくみがよく読むものにつたわる、神聖な世界である。



[350] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月10日(水)16時27分54秒   通報   返信・引用

     かの国境に夜ふけて啼きし慈悲心鳥立哨しつつ寂しさに堪へき   宮地伸一


慈悲心鳥はカッコウ目の渡り鳥で日本に夏に来て冬に帰ってゆく、ジュウイチとも。この国境は中国だろうか、鳴き声からこのような名になったのだがどのような鳴き声なのか。わたしは一度だけ丹後の歌会の後で酒酌み交わした作者と、温厚な人であった。



[349] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月10日(水)16時07分5秒   通報   返信・引用

     地はうめきたいのだらうか真夜中になゐ来たりまた嗚呼といふ声   尾崎まゆみ


真夜中の地震とはわたしは経験がない。作為の歌かもしれん。また嗚呼、とは地震がつづいているらしい。これは恐怖感がある。地はうめきたいのか、とは擬人法。



[348] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月10日(水)15時56分10秒   通報   返信・引用

     激震に砕けちりたるレプリカの火焔土器いまだまなうらに在る   田宮朋子


激震に砕けちる火焔土器とは印象的である。この土器は縄文土器なのか、激しくうつりかわる人間の歴史の哀れを見る思いだ。



[347] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月10日(水)15時47分8秒   通報   返信・引用

     在らばいかなる老い見つらむかおもかげの母の若きを今はよろこぶ   蒔田さくら子


在(あ)らば、とは生きてあらば、どのような老醜を見るのであろうか。母は今若いのであるが、よろこぶ今。という意であろうか。歌のもつ韻律がすばらしい。口語歌のもたない尊さであろうか。



[346] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 8日(月)09時58分28秒   通報   返信・引用   編集済

          寵姫なる写し絵笑むや雪明り   良秀


わが若かりしころ、下宿せしころ、京大生の部屋に入ったとき、美人の写真が貼ってある。なかなかによろし、心ときめき豊かになったようになった。わたしも真似たのである。老人になってもわたしの部屋には麻友ちゃんの水着姿の写し絵(写真)が微笑んでいる。それはわたしが王のような寵姫なのである。雪明りが明るい。



[345] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 8日(月)07時09分20秒   通報   返信・引用   編集済

     「退屈な天国は嫌よ、鬼とゐて地獄で遊ぶわ」阿婆ずれが言ふ   小川良秀


阿婆ずれがときには天を衝くようなことをいう。わたしがこの台詞を歌にしたのである。この歌をわたしのhpで知ったのか、瀬戸内寂聴が同じことをおっしゃる。それほどおもしろい。考えてみれば、地獄はそれほど甘くはないだろう。獄卒に呵責される阿婆ずれが浮かぶ。



[344] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 8日(月)06時42分47秒   通報   返信・引用

     戦艦大和の砲門空をねらひつつ瞑れる海を越えて赴くなり   森山良太


戦艦大和は九州の南の沖の海底に戦い敗れて沈んでいる。砲門は戦機をねらうように崩れているのである。哀れねむれる海の刻をかさねてゆく。



[343] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 8日(月)06時28分54秒   通報   返信・引用

     食ふためにわれの射たりしけだものの息絶ゆるかな春のゆふぐれ   前 登志夫


生きるため食うがため、動物をわれわれは射るなどして殺さねばならぬ。春の夕暮れの悲しみ憐れみ喜びの時なのである、死の昇華あるとき。



[342] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 8日(月)06時09分53秒   通報   返信・引用

     白梅がかざす蕾にぎつしりと真白の闇が詰まりてをらむ   稲葉京子


真白の闇とは詩の醸し出す闇なのだろう。白梅の蕾の闇は白くほのかで光やわらかく夢のような気がする。そんな闇がぎっしり詰まっているのだろうと作者はいう、目覚めの夢のような闇なのである。



[341] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 7日(日)07時41分21秒   通報   返信・引用   編集済

     吾子ともにならんで漕げば寂かなり夕べ小雪のはららくふらここ   小川良秀


この歌は鑓水青子の歌の添削歌である。小池 光を師として作者の名が良いのでhpでもコメントを書いたのであるが、なにかの考えでもってすべてわたしのを消してしまった。これは問題で情けなく思う。師は人であるべくを指導せねばならん。歌は人で芸は人であることを。



[340] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 7日(日)07時23分28秒   通報   返信・引用

     少年貧時のかなしみの烙印のごときかなや夢さめてなほなみだ溢れ出づ   坪野哲久


このような経験をわたしはしたことがない。よほどに少年のころ貧しかったのだろう。夢が覚めてなお泪零れるのである。頭で考えた歌でなく、その真実の歌として価値がある。われわれが忘れてはならぬことである。



[339] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 7日(日)07時11分34秒   通報   返信・引用

     どの病室も花を愛せり人間のいのち希薄となりゆくときに   葛原妙子


病室(へや)と読ませている。いのち、をひらがなにしたのがよい。希薄とは生きるという熱意の希薄をいうのであろう。



[338] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 7日(日)07時04分19秒   通報   返信・引用

     やや遠き光となりて見ゆる湖六十年のこころを照らせ   佐藤佐太郎


やや遠き光となりて見ゆるうみ、の描写がよい。六十年のこころ、とはこの光であろう。照らせ、とは光り耀けということだろう。



[337] 秀歌逍遥

投稿者: 小川良秀 投稿日:2017年 5月 7日(日)06時55分58秒   通報   返信・引用

     ひらひらと峠越えしは鳥なりや若さなりしや聲うすみどり   斎藤 史


こえうすみどり、と読む。飛聲、の結社はこの歌からとったのであろうか。主宰者は亡くなり結社もなくなった。わたしはここでしばらくいた、丁寧な指導があった。声うすみどり、とは若い者の新鮮な若葉のような意見だろうか。


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