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越後入道勝圓の佐介の第

 投稿者:鈴木小太郎  投稿日:2009年11月 6日(金)08時52分19秒
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  >筆綾丸さん
熊谷隆之氏の「六波羅探題考」は不思議な論文ですね。
構成を見ると、

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はじめに
第一章 「六波羅探題」考
 一 史料上にみる六波羅探題
 二 研究上にみる六波羅探題
第二章 「六波羅守護」考
 一 六波羅探題の確立過程
 二 六波羅探題の歴史的位置
むすびにかえて
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となっていて、第二章の一までは実に見事な論文だと思うのですが、「二 六波羅探題の歴史的位置」以降は多くの疑問を感じます。
それは後で述べるとして、六波羅北方に存在した「六波羅御所」に着目した点は面白いですね。
実は鎌倉下向時の「六波羅御所」の裏返しのような存在として、「越後入道勝圓の佐介の第」があります。
宗尊親王は鎌倉から京都に戻されるとき、いったん御所から「越後入道勝圓の佐介の第」に移されます。

吾妻鏡
http://www.asahi-net.or.jp/~hd1t-situ/azuma/126607.html

また、惟康親王も鎌倉から京都に戻されるとき、御所から「佐介の谷といふところ」に移されることが『とはずがたり』に出てきます。

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 佐介(さすけ)の谷(やつ)といふところへまづおはしまして、五日ばかりにて、京へ御上りなれば、御出での有様も見参らせたくて、その御あたり近きところに、押手(おしで)の聖天(しやうでん)と申す霊仏おはしますへ参りて、聞き参らすれば、御立ち、丑(うし)の時と時をとられたるとて、すでに立たせおはします折ふし、宵(よひ)より降る雨、ことさらその程となりては、おびたたしく風吹き添へて、物など渡るにやとおぼゆるさまなるに、時たがへじとて出(い)だし参らするに、御輿を筵(むしろ)といふものにて包みたり。あさましく目もあてられぬ御様(やう)なり。
 御輿寄せて召しぬとおぼゆれども、何かとてまた庭にかき据ゑ参らせて、ほどふれば御洟(はな)かみ給ふ。いと忍びたるものから、たびたび聞ゆるにぞ、御袖(そで)の涙もおしはかられ侍りし。

http://www015.upp.so-net.ne.jp/gofukakusa/genbun-towa4-6-shogunkoreyasu.htm

この佐介邸をどのように考えるべきなのか。
熊谷氏にならえば、物理学の反物質ならぬ、征夷大将軍の「反本邸」というべきでしょうか。
 
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