投稿募集! スレッド一覧

スレッド作成 他のスレッドを探す

[PR]  不動産投資 岐阜の求人・転職 インプラント 名古屋 物流費
teacup. ] [ 無料掲示板 ] [ プレミアム掲示板 ] [ teacup.コミュニティ ] [ ブログ ] [ チャット ]

新着順:41/2000 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

仮宅

 投稿者:筆綾丸  投稿日:2009年11月 5日(木)20時21分50秒
  通報
  小太郎さん
熊谷隆之氏の論文を読んでみました。

「なぜ鎌倉殿は下向時に六波羅御所への移徙をわざわざおこなう必要があったのであろうか。(中略)この問題を解決する糸口は、鎌倉殿のおかれた地位にあるのではなかろうか。思えば、鎌倉殿は朝廷の官制上、公卿もしくは親王であるとともに、征夷大将軍としての地位にある。つまり、あくまで朝廷側の秩序に照らせば、鎌倉殿はもともと京都に住する摂関家や王家出身の貴種でありながら、東国を制圧する征夷大将軍として京都から鎌倉へ一時的に下向しているというにすぎないのである。「幕府」ということば自体、出征中の幕営を意味する近衛大将や将軍の唐名に由来する呼称であることも考えあわせる必要があるだろう。
 このようにみてみると、六波羅移徙の慣例は、もともと摂関家や王家など他家に属した貴種が、征夷大将軍として武家の長たる鎌倉殿の地位につくのにあたり、まずは京都における歴代の征夷大将軍邸へ移徙し、そのうえで鎌倉へ下向する儀礼であったと解釈することができる。当該期のこうした儀礼を形式的なものとして軽視できないことについては、いまさら言を費やすまでもないだろう。
 そして、鎌倉下向時の慣例を以上のように解釈しうるとすれば、六波羅御所についてはこれまでとは異なる角度から、つぎのように理解することができる。ー六波羅御所は征夷大将軍の本邸である、と」(『史学雑誌』113編7号90頁 2004年)。

とすると、鎌倉の御所は仮宅という訳ですね。
滅多に本宅に帰らない放蕩者というか、江戸吉原の仮宅営業などを思い出します。

「元弘三年(一三三三)五月の足利高氏らによる六波羅の滅亡は、鎌倉幕府の出先機関を、まずは手はじめに陥落させたというほどに、生半な事態ではなかったのである」(同書94頁)

鎌倉の陥落は仮宅を壊されただけ、とは言わないけれども、新田義貞の手柄が、ボンヤリしてしまいますね。
 
》記事一覧表示

新着順:41/2000 《前のページ | 次のページ》
/2000