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筆綾丸さんが引用された文章に、「しかも、近年の研究で、鎌倉には一部を除いて御家人は常住しておらず、軍事力はプールされていないとか、京都の六波羅御所こそ鎌倉将軍家の本邸であるという刺激的な主張さえ唱えられているのである」とありますが、ここで高橋氏の注記に書かれた論文タイトルを見ると、前半が秋山哲雄氏の「都市鎌倉の東国御家人」(『ヒストリア』195号、2005年)、後半は熊谷隆之氏「六波羅探題考」(『史学雑誌』113編7号、2004年)ですね。
この箇所に関して、上横手氏は、「秋山哲雄・熊谷隆之氏の説を引いているが、それがいかなる意味で著者の主張を助けるのかも十分に理解できない」とされていますが、高橋氏の回答はありません。
で、実際に秋山哲雄氏の論文を読んで、それがいかなる意味で著者の主張を助けるのかを考えてみると、まあ、いかなる意味でも著者の主張を助けないのだろうなと思います。
ついで、熊谷隆之氏の論文を読んでみると、確かに「京都の六波羅御所こそ鎌倉将軍家の本邸であるという刺激的な主張」がなされているんですね。
私は昔読んでいたので、それほど驚きはしなかったのですが、それでも、権門体制論を極めるとこのような境地にまで到達できるのだなあ、という感慨に耽ることはできました。
そして、こちらは多少は著者の主張を助けることになりそうなので、時間があれば後で紹介してみたいと思います。
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