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平泉幕府?

 投稿者:筆綾丸  投稿日:2009年11月 4日(水)19時32分31秒
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  小太郎さん
「両者の形態上の最大の違いは、軍事権門としての平家の本拠は、形式・実質ともに六波羅で、福原は最高実力者が退隠しているとしても、あくまでヒンターランドに過ぎず、そこには鎌倉のような、しかるべき政庁も行政吏僚集団も見あたらない。しかし、それは鎌倉幕府が、平治の乱の敗者が流刑地で反乱軍を立ち上げ、やがてそのまま東国を実効支配し、支配領域として王朝に追認させたという、内乱期の特殊な政治過程に起因する点が大きいことを忘れてはならない。しかも、近年の研究で、鎌倉には一部を除いて御家人は常住しておらず、軍事力はプールされていないとか、京都の六波羅御所こそ鎌倉将軍家の本邸であるという刺激的な主張さえ唱えられているのである。鎌倉幕府論自体が、旧来の枠をつき破って新たな展開を見せつつある現在、平家から源氏への幕府の連続と断絶を、とらわれない眼で追求してゆく姿勢が肝要であろう。本書では鎌倉幕府に歴史的に先行する六波羅幕府の存在という問題提起にとどめ、より詳しい展開については他日を期したい」(2007年11月発行『平清盛 福原の夢』156頁)

「清盛の福原居住が、京都不在のマイナスを差し引いても、平家の威信や自立を保持するのに、有効な方法だった事実は疑えない。筆者はこの六波羅の二拠点で構成された平家の権力を六波羅幕府と呼んでいる。鎌倉幕府に先行する史上初の武家政権である。詳しくは拙著『平清盛 福原の夢』をご参照いただければ幸いである」(2009年10月発行『平家の群像 物語から史実へ』16頁)

「より詳しい展開については他日を期したい」(2007年11月)、「詳しくは拙著『平清盛 福原の夢』をご参照いただければ幸いである」(2009年10月)とあるので、著者にとって、六波羅幕府の問題はすでに終わり、円環を閉じているような印象を受けますが、六波羅幕府とは何なのか、わからぬままです。

「この意味用法に照らせば、奥六郡の支配権と陸奥・出羽押領使としての軍事・警察権を有していた院政期の奥州藤原氏も、立派に一箇の幕府といえる」
平泉幕府でしょうか・・・これも、なんだか、凄いですね。

上横手氏の再反論は、もう期待できないでしょうね。
 
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