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小太郎さん
六波羅団地とは物凄いセンスですね。
六波羅団地に軍事貴族が住むというから、この団地の周囲に蝶の紋のある鯨幕を張れば、六波羅幕府になるのでしょうね、きっと。
「六波羅には中世国家の軍事警察部門の担い手としての重盛以下が陣取り、閑院内裏の大番に駆り出された諸国の平家御家人たちもそこに蝟集していた。そして、一門の公卿・殿上人は多数の知行国、荘園の領有で富を蓄積し、親平家の公卿たちに平家の意向を国家国政に反映させる。一方、明石入道ならぬ一門の司令塔は、後方の福原にあって摂津・播磨にまたがる広大な領域を押さえている。こうした京都(六波羅・西八条)と福原の二拠点に半独立的に構築された、院権力を相対化しうる権門勢力を、六波羅幕府と名づけたい。
日本人の常識では、幕府といえば鎌倉幕府以降の武家権力しかない。そして鎌倉幕府の成立は武家中心の新時代の開始と同義語、と見なされている。たしかに源平の内乱(治承・寿永の内乱)と鎌倉幕府の成立は、院政期にはじまる初期中世社会を、より本格的な中世に向かって前進成熟させてゆく大きな契機だった。そのことの意義は疑いもなく大きいが、しかし国家論的にいえば、幕府は朝廷に取って代わった新国家ではなく、国家の軍事警察部門を担当する権門、単一の中世国家を構成する一重要機関(プラス東国にたいする広範な行政権限を掌握した地方政権)にとどまる。そうした理解(権門体制論)が現在の学界では有力である」(『平清盛 福原の夢』153頁〜)
「流通したのは日本政府が鋳造した銅貨ではなく」(同書108頁)とありますが、ここに出てくる日本政府とは、一体、何なのでしょうね。引用文中の六波羅幕府や鎌倉幕府(さらには朝廷や地方政権)と、どのような位相にあるのか、まるでわからない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E7%9A%84%E8%AA%9E
「一門の公卿・殿上人は・・・親平家の公卿たちに平家の意向を国家国政に反映させる」
いわゆる間接目的語が二個もあって、よく理解できない文ですが、編集者は、もう校閲なんかしてやんない・・・のでしょうね。
文中の「プラス東国」は、固有名詞のようで、冷戦下の東欧に、そんな国があったかな、と錯覚させるものがありますね。
「前代までの幕府は容儀にすぐれた高位の宮廷貴族の地位の形容で、平家のそれは全国の精悍な武士を率いる軍事貴族の権力という内容上の大きな違いがあるとはいえ、前者を幕府と呼ぶのなら後者を幕府と称してどこがおかしい」(同書155頁)
この文も、どこかおかしい、ですね。
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